rainfiction

アマチュア映画監督 雨傘裕介の世に出ない日々です。

シネコン・トゥ・パーディション


「レボリューショナリー・ロード」を観た。
時間が空いたので、フラっと近所のシネコンへ。
その時点でもう満足している自分の「映画館体験」への憧憬の深さを再認。
劇場に住みたい。


しかし、劇場はガラガラ。
カップル3組と女性二人連れ。あと僕。10人に満たず。


日曜日の夜の回ってなあ、そんなもんか。
シネコンに客が入らないという記事を読んだが、さもありなんと思った次第。
供給過剰が一番の原因との声も。
たしかに同じ路線に3つもあるからなあ。
「MOVIX」が二つに「ユナイテッドシネマ」。
劇場数で数えると30近い。でも単館系は配給しない。うーん。
ひとつくらい開放してもいいのにな。単館系やリバイバルに。


いつかは劇場運営してみたいもんです。


さて、本題。
本作は好きな監督である「サム・メンデス」の監督作品。
となれば、見に行くしかあるまい。
ジャーヘッド」は観てないけどネ!


同作を観るにあたり、「町山智浩さんのブログで「『シャイニング』のような映画です」との
前情報を得ていた。
観た感想は・・・「確かに」!


どちらかといえば「死の棘」や「普通の人々」に近いかもしれない。
レボリューショナリーロードという、いかにもサバービアな土地を舞台に
先進的な夫婦と呼ばれる夫婦の物語。


自意識と夢が生活を規定する。そのうち、自身をも規定する。
愛がどこかにあると思う。素晴らしい日々がどこかにあると思う。
幻想は幻想のまま、静かに朽ち果てる。
積極的に幻想を選び取ることが出来る人々が、幻想を追い求めているうちに
朽ちて行く様を画いたホラーな映画であった。
うまい。サム・メンデス風味満載である。たまらん。


これほどデート映画に向かない映画はあるまい。
なぜなら「夢は信じれば必ず叶う」などという不気味かつ無責任なフレーズを
聞かされて育った世代が少なからず見に行くだろうから。
どこかに自分らしい自分を獲得できる場所があると信じこまされている輩には
これほど怖い映画はあるまい。
「恋愛映画」として売ってはいかん代物ですぜ旦那。
女の子同士の二人組の会話を盗み聞きするに「ディカプリオかわいそう」。
ある意味、正しい。


夢は信じても叶わない。努力しても、必ずしも報われない。
夢を信じるな、努力するな、とは言えないけれど、
努力したからといって、一度育ってしまった自意識はそう簡単に満足しない。
必ず犠牲を求めてくる。そんな映画だった気がします。


昨年観た「ノーカントリー」では、アメリカという「夢」と「自意識」と「モラル」が
静かに死んで行くのを観た気がしたのだが、同じような感覚をこの映画にも
観ることが出来た。
舞台は1950年代。最もアメリカが輝きを放った時代の一つ。
夢と自意識を犠牲にして、死んで行ったものが既にそこにあったのかもしれない。


ラストシーンフェチな僕は、この映画のラストシーンを深く評価する。
静かに雄弁に物語る。素晴らしい演出だと思う。
ノーカントリー」のラストシーンも素晴らしかった。
どうも、映画におけるアメリカ観は、分裂の時期が訪れていたのかもしれないね。


こういう映画を日本も撮れるようにならないといけない。
絶望に満ちた表現もまた必要なのだ。


近況:
音楽家と話をして、ぜひ一緒にやりましょう!とキラキラした目で言われた。
そこまで言われてやらいでか
短編企画をモノにします。ええ、もっと自由に映画を撮ってもいいじゃない。
夢は必ず叶う(欺瞞)。
勉強はもはやあとまわし。
友人の結婚式映像のエンコードがまじでうまく行かん。ボスケテ

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