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rainfiction

アマチュア映画監督 雨傘裕介の世に出ない日々です。

甦れ!「あの感じ」!!−「宇宙刑事ギャバン THE MOVIE」−

宇宙刑事ギャバン THE MOVIE」を鑑賞。



Twitterのタイムラインでも鑑賞したという人を見かけなかった本作。
公開から2週間が経とうとしていたので、この機会を逃すと劇場でギャバンを観ることなど一生叶わないのではないか…という不安に駆られ、最寄りのシネコンへ駆け込んだ。


久しぶりに映画をハシゴしており、直前には「アルゴ」を鑑賞している。
冒頭から「アルゴ」との作品レベルの落差にクラクラしてしまったが、TVシリーズ(1982年)ド直球世代には、まあまあ楽しめたのであった(放映当時は4歳)。


もちろん、期待を裏切らず、映画として欠点・欠陥はありまくりである。

しかしそれを訳知り顔で批判することは憚られる。
この時代にギャバンを、メタルヒーローを復活させたことが偉業!であり、「ギャバンなら多目に見るぜ!」という我々世代の想い、そして態度を見切った上で、制作陣はあえてこのクオリティレベルを選択したようにも思える。


冒頭、一昔前のバディ感を表現する十文字 撃(のちの新生ギャバン)と大熊 遠矢。二人共同で乗り込むカートレース(初めて観た)でコースアウト。激情家の撃と、それを諌める冷静な遠矢。丘の上で反省会の二人に飲み物を投げてよこす幼馴染のヒロイン、河井 衣月…


冒頭からベタがフルスロットル!ベタクラッシュ!
ヒーローもののキャラ描写なんてこんなもんだろ?という姿勢がむしろ清々しく、我々を古き良き少年時代(昭和)へ誘ってくれる。


そして二人は火星へ。搭乗者はどうやら撃と遠矢の二人だけ。
火星に向けて有人ロケットを飛ばすことができるほど、劇中の日本の科学力は飛躍的に進歩しているようだ。
打ち上げシーンはなんとあの不朽の珍作「北京原人」からの映像提供(サンプリング)。潔い。どっからどう見てもサンプリングです本当にありがとうございました。


出発前、博物館みたいな建物の中で、二人にお揃いのペンダントを渡す衣月。三人の絆を示す重要なアイテムなのだが、星型のペンダントトップのアップが、劇中、少なくとも10回は出てくる。


案の定、二人を載せた宇宙船からの交信は途絶える。
二人を地球で案じる衣月は、どうやら宇宙関係の研究職についているらしい。既視感バリバリの安っぽい研究所。深夜、観客に見えるように事故関連のニュース記事を読む衣月の背後に立つイジリー岡田。あからさまなセクハラをかます(肩に手を置く)。


その後、退勤しようとするイジリー岡田は、エントランスの鏡に写った自分の姿がおかしいことに気づく。すると怪人の姿が浮かび上がる。
「貴様、あの女が欲しいのか…?ならば…死ね!」


この上なく理不尽な理由で殺傷されるイジリー氏。怪人に乗っ取られたり、欲望を開放する力を得て破壊の限りをつくしたり、ヒロインを陵辱したり、悪役の目的達成の捨て駒になることすらなく、ただモブとして殺される。何も言わずに殺してやってくれ。もしくは見逃してやってくれ。女が欲しいだけなんだ!


どうやら悪役の狙いは衣月のPCに収められたデータのようだ。スパコンでもサーバでもマイクロフィルムでもなく、ただのデスクトップPCのデータである。安い早いショボいの三拍子。後に分かることだが、どっかの研究所の所在地、というググれば一発で分かる情報が重要な機密だったらしい。


ついでに攫われる衣月。中庭に出た時を見計らって、宙空から青い光球が登場。
「貴様…何者だ!」


そう。その光球の正体は新生ギャバンこと「宇宙刑事ギャバン Type-G」。
蒸着ポーズからの名乗りを上げて、タイトルへ!!



…いかがであろうか。
アバンタイトルだけで、この感じである。
わかってくれるだろうか。「この感じ」。


劇場ポスターのデザインを見て抱いた「もしかしたら大人向けのメタルヒーロー」を復活させてくれるのではないか、という淡い期待は、開始10分で裏切られる。


その後も、明らかにサイズのあってないヘッドギアを着用した助手「シェリー」が登場したり、オリジナル・キャストのままのコム長官が明らかに年を取りすぎて老害にしか見えなかったり、宇宙船内部や司令室の美術がローファイすぎてむしろ心地よかったりして、結局「昭和ヒーローを昭和テイストのまま蘇らせた」という姿勢に貫かれ、物語は「この感じ」を保持したまま突き進んでいく。



馬鹿にしているわけではない。揚げ足をとるつもりもない。
このテイストこそが大人になってしまった我々に見せるべき、そして今の子どもたちに示すべき、ギャバン制作陣からのメッセージなのだ。


その証拠に、伝説の宇宙刑事、初代ギャバンこと大葉健二が登場してからヒーロー映画としての力が入ってくる。
スズキジムニーで戦場に殴りこんで助けた後に、ふがいない後継者である撃を河原でぶん殴りながら説教する一乗寺烈。マジ師匠。
アクションのキレも衰えていない。


そして何より、あの声の、あの独特の「トゥ!」が響く。
これだよ!これを聞きに来たんだよ!
「to-u!」ではない。「to!」。「ト」と「テュ」の中間の「トゥ!」


ビンビン来るぜお前らの(昭和)VIBES。


アクション演出は、子供のころに観たアクションよりもスピーディになっていて、誇張なく3倍増の迫力はあったと思う。30年間のJAEの努力やアクション演出スキルの発展を感じられた。
また、魔空空間に突入後のショッピングモールでの格闘(子供向けヒーローショーのメタパロディ)や、魔空空間に突入した大葉さんの「30年ぶりだ」というセリフも、気が利いていると思った。
エリーナ秘書官を演じる穂花さんや魔女キルも、お父さん向けにほどよくセクシーである。


そしてさりげなく、シャリバンシャイダーも出てくるのである。
あのメタルレッド。メタルブルー。
シャイダーの最終回で、ギャバンシャリバンシャイダーが勢ぞろいした感動を思い出した。



とにかく「あの頃」の「あの感じ」を適度に保ったまま、2012年の今、新作をドロップした制作陣に敬意を評したい。確信犯であると…信じたい。



つまんねーよ!これなら平成ライダーのほうが楽しいし燃えるよ!という批評は簡単である。
「悩む登場人物が広い場所で黄昏れる」という描写が劇中5回ほど見られるというのも、取るに足らない揚げ足である。
宇宙を混乱に陥れようとするにも関わらず、一般社会に被害はほとんどない(明確に殺害されるのはイジリー氏のみ)のもエコである。


本作の印象は「潔い」だ。
知的ぶった大人に媚びる要素などいらない。
当時のテイストとマインドに心をときめかせた「かつての少年」であった我らと、その意思を継ぐであろう「いまの少年」子どもたちに向けた、潔い作品なのだ。


その選択は「あの感じ」をそっくりそのまま再現することで果たされるのである。
チープなのが何だ。ダサいのが何だ。
自信と勇気を持って、この作品を観てみようではないか!


…つまんないかもしれないけどさ!


若さってなんだ。ふりむかないことさ。
愛ってなんだ。ためらわないことさ。


かつてギャバンを愛したすべての少年たちに見てほしい。


少なくとも、僕は燃えたぞ!
新旧ギャバンのダブル蒸着シーンに!
そして、レーザーブレードに!


なお、劇場に見に行ったら、ギャバンが映画館に来場していた!
おねーさんのアナウンスで、子どもたち対象のクイズ大会が催されていたのだ。


驚いたのは、上映前にも関わらず4〜5歳の男の子たちがギャバンを知っている様子だったこと。
一般的にはソフト化されてないよな…ぁ?
CSとかで再放送しているのかな。だとしたら、ちょっと観てみたい。


次回作は「ジバン」でお願いしますね。