rainfiction

アマチュア映画監督 雨傘裕介の世に出ない日々です。

桐島、生きとったんかワレ!−「桐島、部活やめるってよ」−

桐島、部活やめるってよ」を鑑賞。


※「Another」のスチルではありません。



結論から言うと「未熟だった世界が終わり、新たに世界が広がるモノ」の大傑作だ。
そして僕は「未熟だった世界が終わり、新たに世界が広がるモノ」が大好物だ。


当ジャンルのフォーマットは極めて単純で、「ある(狭い)価値観、社会観に縛られていた登場人物が、作品内で描かれる経験を通じて、成長し、世界を違った目線で見つめることができるようになる」という、いわゆる普通のドラマの基本構造そのものである。
「違った目線で見つめることができるようになる」といった描写、展開に重きを置いた作品がつまり(略して)「世界広がりモノ」に属するのだが、これは主に、主人公がその役割を担っている。当然である。


彼は作品内で成長し、そして過去となった世界を見つめる。感慨深く眺め、新たな世界へと羽ばたいていく。
そして、必ず、そこには喪失・別離が伴う。伴わなければならない。少なくとも、過去の世界の喪失あるいは過去の世界との別離が含まれる。
主人公不在では成り立たないフォーマットである。観客は主人公に自らを仮託する。主人公を通じて、新たな世界を目にする。
その前のめり感が充分要素なのである。


しかし、今作「桐島、部活やめるってよ」では、その前のめり感が消されている(残っているが、うまく消されている)。
なのに、静かなダイナミズムを有しながら、登場人物の世界の変容っぷりを、劇的に見せつける。
そのバランスが見事なのだ。


だからこそ、僕は本作を「未熟だった世界が終わり、新たに世界が広がるモノ」の大傑作、と評価したい。
しかも本作においては、世界の広がりは残酷な意味を持つのだ。
以下、ネタバレを含みます。

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