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rainfiction

アマチュア映画監督 雨傘裕介の世に出ない日々です。

君は小沢健二の未発表曲「甘夏組曲」の素晴らしさを知っているのか

2015年も3月を迎えました。

同年2月末、深夜残業に疲れてタクシー待ちをしていたところ、iPodから懐かしい曲が流れてきた。

小沢健二の未発表曲「甘夏組曲」。

春の幕開けにふさわしい、強く冷たい風が吹いた夜更け、薄曇りの夜空には、わずかに靄がかかって、冬空とは違った様子を見せていた。
そんなシチュエーションに「甘夏組曲」はぴったりとハマったわけで。



ライブ(レビュー96)で披露されたものの、音源としては発表されておらず、ネット上では禁断の観客による録音素材が出回っている同曲。かたや同ライブで「ダイヤモンド組曲」と題されて発表されたもう一つの新曲は、「夢が夢なら」へ改題、アレンジと歌詞を変えて発表されている。両者の間にどのような扱いの違いがあったかは不明だが、個人的には「夢が夢なら」に負けず劣らずの名曲だと思っている。


特に「甘夏組曲」の歌詞については、「ひふみよ」で発表された「時間軸を曲げて」や「いちごが染まる」にも繋がる土着的な世界観が色濃く、ひいては「東京の街が奏でる」という現時点での最新楽曲に繋がるような要素が含まれているのでは、と思わせる。


都市から離れた場所に身を置く(であろう)恋する男女が、ポケットに猫じゃらしを忍ばせて、はるか遠い夜に暮らすガゼルやイルカに想いを馳せる。
甘夏を媒介として、「そしていつか」の金曜日の夜と縁側と、遠い街の橋の上を流れていく夜霧に恋の魔法を求める。
「君」を振り向かせる、世界に満ちた魔法を求める。そんな心象。


というわけで、合法とは言えない音源をもとに、聞きおこした歌詞はこちら。

(甘夏組曲より、新曲です)

恋をするなんて 嬉しいじゃないか せっかくのチャンスを掴みたい
メチャ浮かれた 僕のために 飾っとく花と花瓶
その色はペパーメント・グリーン
山から谷 やばすぎる胸の鼓動は何?


いつか手に入れたいな 魔法の力
君が僕にそっと振り向いてくれるようにね


甘夏なんて 剥いたりして 縁側で夜まで話したい
通りすがる猫のために ポケットに猫じゃらし
その色はペパーミント・グリーン
時計の針は少し 遅らせとくからね 4時間かそこらかね


いつか手に入れたいな 魔法の力
君が僕にちょっと振り向いてくれるようにね


砂漠のガゼルか 海で言いやイルカ
さっさと逃げ出す 僕だけど
ここはいっちょ勝ちに行くつもり


そしていつか 遠い町で 寒いねなんて言いながら歩く
金曜日辺り 夜の七時
ポケットに猫じゃらし その色は青々とグリーン
紙吹雪舞い上がる 橋の上のあたり
ロマンス駆け抜けて


いつか手に入れたいな 魔法の力
それは 闇に光る夜霧 胸にかかる優しい気持ち
君が僕にちょっと振り向いてくれるならね


いつか空には虹が これが魔法か
闇に強く光る夜霧 胸にかかる優しい響き
君が僕にちょっと振り向いてくれるならね


具体と抽象を織り上げる見事なリリックは小沢健二の真骨頂だが、ここで挙げられる具体とは、小沢健二のキーフレーズ「そしていつか」の土着的な心象風景である。ビルの並ぶ町並みや都市ではなく、ひっそりと夜霧をたたえる夜の辺境、遠い町だ。


「東京の街が奏でる」や「時間軸を曲げて」に現れるプリミティブな具体(炎や弓)に連なり、「いちごが染まる」ではっきりと語られる、農村と辺境の生活のイメージにも接続する世界観。具体と抽象が織りなすマジックリアリズム
「甘夏組曲」はそれらの元型と言えるのではないだろうか。


曲調そのものは、約20年前の小沢健二の楽曲のトーンで、ポップであり豪華である。
単純な曲調ゆえ、そうしたアーキタイプ的要素がかえって際立つ。

「ダイヤモンド組曲」が中国歌謡のようなアレンジで、こちらはビッグバンドによる、シンプルかつゴージャスな映画主題歌のようなアレンジ。「球体が奏でる音楽」以降、ジャンルを反復横跳びしていた時期に生み出された曲といえよう。
いわば最新楽曲よりも、慣れ親しんだ曲。受け入れられやすい、小沢健二言うところの「大衆音楽」として。
今と昔の小沢健二のハイブリッドと言える曲かもしれない。


「そしていつか」を経る前に、小沢健二が志向した、世界に宿る魔法の在処。
小沢健二もリスナーも、「そしていつか」を経た20年後に、改めて聴くべき曲なのだ(断言)。


特に、


「それは 闇に光る夜霧 胸にかかる優しい気持ち」


のところのはこびは本当に旨を打つ。


終曲に向けて盛り上がり、テーマを込めたフレーズ、リフレインとして心に響く。ドラムが心へ響いてくる。まさに胸に響く優しい響きだ。
未発表曲とはいえ、すごく丁寧に、心をこめて作られた曲なのだとわかる。


春のはじまりにぜひ聴いてみてほしい、素晴らしい曲なのである。




小沢健二 甘夏組曲 - YouTube



しかしYoutubeはなんでもあるな。これが魔法か。